幸せいっぱいなのはお酒も同じ? シューベルトの交響曲第7番「未完成」第2楽章

一次仕込みの際に、音楽の信号を振動に変換し焼酎に伝える、トランスデューサ―と呼ばれる特殊なスピーカーで、もろみの発酵を進させる「音楽仕込み」でお酒造りを行っています。

田苑酒造の蔵で流している楽曲のうち、今回はシューベルトの交響曲第7番「未完成」より第2楽章をご紹介します。

 

シューベルトの位置付け

焼酎音楽

フランツ・ペーター・シューベルト(1797-1828)は、オーストリア生まれの作曲家です。
彼の父はアマチュア音楽家でもあったため、彼は幼い頃から父と彼の兄弟とでカルテットなどを組み、週末になると近所の人を家に招いて「古典派」時代の作曲家の作品を披露していたそうです。この経験からか、彼の音楽や人生の根本にはハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンらが活躍した「ウィーン古典派」による強い影響がみられ、彼の記譜法や大まかな作曲方法も「古典派」に属しているといえます。

しかし、シューベルトは「ロマン派」の枠に収められることが多く、貴族社会の作曲家から市民社会の作曲家へと移り変わっていった点でも「ロマン派」的であり、音楽史的観点からしても「古典派」と「ロマン派」の橋渡しのような存在となっています。
けれども、年代からするとシューベルトの一生はベートーヴェンの後半生とほぼ重なっていて、音楽的にもやはり後期のベートーヴェンよりも「古典派」的である場合も多いのです。

 

ここまで有名な曲なのに、どうして“未完成”に?

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彼はピアノ曲や歌曲、交響曲や室内楽曲などあらゆるジャンルに分け隔てなく取り組み、そのそれぞれで現在でも名曲とされる多くの楽曲を生み出しました。
そんなシューベルトが1822年に創作した交響曲第7番「未完成」も、彼の代表作のうちの1つです。

楽友協会から名誉ディプロマの称号を授与された当時わずか25歳のシューベルトは、その返礼として交響曲ロ短調を作曲することにしました。しかし、ふつう交響曲は4楽章構成で書かれるのに対して、彼が実際に送付したのは第1楽章と第2楽章だけで、第3楽章と第4楽章は送付しなかったのです。しかも、彼はその後も残りの楽章を送付することはなく、今でも「ザ・グレート」として親しまれている、彼にとって最後となる新しい交響曲を作曲し始めました。
そして、書きかけの交響曲ロ短調を完成させる前にシューベルトは亡くなってしまい、彼の名声が確実なものとなってから、彼が以前手がけた1楽章と2楽章だけが出版されることになりました。

交響曲ロ短調、つまり交響曲第7番「未完成」の初演は1865年12月にウィーンにて行われました。完成から40年以上経ってからのことです。

「未完成」交響曲が初演された当時、シューベルトはすでに巨匠と認知されていて、“未完成”の理由について多くの推察が行われました。その際、彼が第3楽章のスケッチまでほぼ仕上げていた事実が判明しましたが、“未完成”である理由の決定的な証拠は掴めなかったようです。

 

ホルンの呼びかけで、天国の空気を味わえるかも…!

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今回ご紹介するシューベルトの交響曲第7番「未完成」の第2楽章はホ長調で書かれていて、ホルンの呼びかけに乗って弦楽が奏でる美しい旋律で始まります。

ホ長調という調性は、神秘的で天に近い存在を表すことによく用いられます。また、ホルンという楽器も最も古い楽器のひとつで、「動物の角」すなわち「角笛」という意味を持っており、ギリシャ神話では最高神ゼウスに授乳したヤギの角が“豊かさの象徴”として登場します。

この旋律は「五音音階」と呼ばれる、さらさらとそよぐような音階でできています。この旋律はシューベルトが1823年に作曲した歌曲「美しい水車屋の娘」の終曲で、若者が小川に包みこまれる永遠の安らぎの歌であり、シューベルトが亡くなる前年の1827年に作曲された歌曲「冬の旅」の中の一作「菩提樹」においても、“ここにお前の憩いがあるよ”と囁きかける声とされているのです。

このように、冒頭の様子だけでも分かるとおり、「未完成」交響曲の第2楽章には、光と平穏に満ちあふれた天国のような景色が広がっています。

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そんな天上の世界を味わった田苑酒造のタンクの中の“もろみ”は、どんな影響を受けているのでしょうか。

穏やかで温かい人柄の中にも芯があり、シャイな一面もあるけれど友人想いだったシューベルトの個性に加えて、「未完成」交響曲の第2楽章の陰鬱さを全く感じさせない幻想的で眩しい音楽は、きっとお酒も微睡むほどの幸福感をもたらすように思います。そして、その髄となるところに、田苑酒造のこだわりもしっかりと根付いているはずです。

優しい夢のような時間を過ごした“もろみ”によって生まれた田苑焼酎は、私たちにも柔らかく心地の良い至福を与えてくれることでしょう。