あなたを見てインスピレーションで言葉を贈ります。 <前編>

路上での活動からはじまって、これまで全国10万人以上の人に言葉を贈ってきた「しょどう家」堀之内哲也氏。このたび、田苑酒造が鹿児島限定で発売した芋焼酎『いろは歌』のラベル題字を手がけられました。ユニークな風貌、派手なパフォーマンスの奥に秘められた「書」への思いをうかがいます。

 

 <前編>

ひらがなで「しょどう家」とされているのはどうしてですか?

僕はお師匠さんについて書を習ったことがなくて、まったくの自己流なんです。書の歴史を学び、技術や作法を継いでこられた書道家さんに対しておこがましいという思いがありました。また書の道というだけでなく、はじめに動く人間であれという意味の「初動家」と、それからもうひとつ「緒導家」。これは解決の緒(いとぐち)や誰かの夢のキッカケとなって導いていける、そんな人間になりたいという意味を込めています。

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堀之内さんが書をはじめたキッカケは何ですか?

嫁さんの一言です。まだ結婚する前でしたが、彼女の実家がコンビニを経営してまして、その手伝いをしていた時に、ちょうどおでんの時期で「おでん始めました」ってダンボールの裏に書いてPOPを作ってたんですよ。それを見た彼女がね「結構いい字だから売れるんじゃない?路上で書とか書いてみたら」って。実はその頃、僕は莫大な借金を抱えていまして、少しでも早く返すために休みの日とか夜とか、天文館に座ってやってみっかということになりました。天文館というのは鹿児島イチの繁華街なんですけど。で道具を揃えて、いきなり道端に座って売りはじめたんです。「あなたを見てインスピレーションで言葉を贈ります」って。営業時間が過ぎて店を閉めた、さつま揚げ屋さんの前でした。

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それまではどんなことをされてたのですか?

僕は鹿児島の川内市出身で、高校卒業して役所務めをしていました。でも仕事以上に遊びを覚えてしまって、3年間で800万ぐらいの借金をつくってしまったんです。これは大変だ、もっと割のいい仕事をしなきゃと役所をやめて、歩合制で稼げる仕事、浄水器とか化粧品とかの販売をしました。そのあとホストクラブに勤めていた時に、骨髄バンクから連絡が来たんですよ。あなたと型が一致しているから提供してくれないかって。骨髄バンクに登録してたことすら忘れてたんですが、骨髄を提供することで誰かの命を救えるのなら、これはやらないかんと。親からは、自分のこともちゃんとできてないのにと反対されましたけどね。そこで、提供するにあたってひとつ決心をしたんですよ。それまでさんざん酒を飲み散らかして女遊びもしてというテイタラクだったので、何か改めようと、自分の中で。そして、提供移植が終わったら、一番最初に知り合った女の人と真剣にお付き合いをしようと決めたんです。で、出会ったのが今の嫁さんです。

 

 

その奥さまの一言で書をはじめることになったわけですね?

はい。ただ、書はまだ遊び半分で、路上は仲間づくりの場でした。道端に座ってこんなことしてたら、きっとおもしろいヤツらが寄って来るだろうなと思っていたら、その通りで。知り合った仲間たちと一緒に大きなホールを借りて、いろんなイベントを企画して生活していました。そんなある日の打ち上げの最中にね、歩いて東京まで行くぞってことになっちゃったんですよ。僕はお酒を飲むと気が大きくなるタイプなので、その時も酔った勢いなんですが、「そろそろ鹿児島を出るぞ、参勤交代だ!江戸へ行くぞ!」って(笑)。鹿児島の路上で書いていて、だんだん人だかりができるようになっていて、人がどういう気持ちで寄って来るのかもわかってきて、少し自信がついてもいたんしょうね…。

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ホントに東京まで歩いたのですか?

そう。新婚旅行にも行ってなかったので、日本一周行こうかって嫁さんに言ったら、「うん、ホントに?」って。ただし僕は東京まで歩くけどねって(笑)。
約1500kmですか、歩きながら各地の路上に座って、「あなたを見て言葉を贈ります」ってやったんですが、どこででも本当に喜んでもらえました。こんなに喜んでもらえるんだという手応えみたいなものを感じて、もっといろんな人に言葉を贈りたい。もっと書を書きたいと思いました。この旅のおかげです、書一本でやっていこうと決心がついたのは。と同時に、日本各地を見てまわって、日本の文化の素晴らしさを再認識して、日本が本当に好きになりました。世界の人に日本を知ってもらいたいと思いました。

 

 

参勤交代(笑)を終えたあとはどうされたのですか?

京都に移り住みました。単純に京都での反応がすごくよかったというのもありますが、日本の文化の中心は京都だと思ったのもあります。鴨川にかかる四条大橋のたもとに座り、また「あなたを見て…」です。小・中学生、高校生からお年寄りまで幅広い年齢の方が寄ってくださいました。悩みを抱えていて、元気にしてくれるような言葉を欲しがっている人から、ただおもしろがって、じゃあ書いてみろ!と挑戦的な方も(笑)。お代は1円から、あとはお気持ちで、です。

そんなある日のこと。小さな本屋に入ったら、店主がいろいろ話しかけてきて、鹿児島出身だって言ったら、「いろは歌、ご存じでしょ?」と聞かれたんです。鹿児島出身なら当然知ってるだろという感じでしたが、正直に「知らない」と答えると、店主は書棚から一冊の本を抜き出して手渡してくれました。その後の僕に大きな影響を与えることになる『日新公いろは歌』との出会いでした。

 

<後編>へ続く

 

 

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父の日は田苑

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