田苑焼酎にモーツァルトの“最高級”を―「ディヴェルティメント第17番」

田苑酒造では一次仕込みの際に、音楽の信号を振動に変換し焼酎に伝える、トランスデューサ―と呼ばれる特殊なスピーカーで、もろみの発酵を促進させる「音楽仕込み」でお酒造りを行っています。

そんな田苑酒造の蔵で流している楽曲のうち、今回はモーツァルトのディヴェルティメント第17番ニ長調をご紹介します。

モーツァルトの生涯


現在でも多くの人に愛され続けているウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)は、古典派音楽を代表するオーストリア生まれの作曲家・演奏家です。“神童” “神に愛された子”と称された彼の生涯は惜しくもたった35年の短いものでしたが、そのわずかな年月で900曲以上もの作品を書き上げた事実からは、彼にしかない天性の凄みを感じることができます。

ウォルフガングの父であるレオポルト・モーツァルトは、ヴァイオリニストであるとともにザルツブルクの宮廷作曲家でもあったため、息子の才能を見抜いて、音楽の英才教育を幼い頃から与えました。父の手ほどきを受けて3歳からチェンバロを弾き始めたウォルフガングは、5歳になると初めての作曲を行いました。

また、父や姉のナンネルと共に各地へ演奏旅行をし、各地でその天才っぷりを披露して聴衆を驚かせました。その逸話として、ウィーンのシェーンブルン宮殿にてマリア・テレジアの前で演奏した際に、転んでしまった6歳のウォルフガングへ手を差しのべた7歳のマリー・アントワネットに “大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる!” と言い、場を和ませたというものがあります。

その後のイタリア旅行では、当時はまだ門外不出の秘曲とされていた、9つの声部からなる「ミゼレーレ」をたった一度聴いただけにもかかわらず暗譜でまるまる書き記し、「ミゼレーレ」出版の発端となりました。ウォルフガングはほとんどの音楽的素養を、生まれ故郷ではなく海外滞在中に身につけたといえそうです。

イタリアからザルツブルクに一旦戻った後、ウォルフガングはミュンヘンからマンハイムに移りました。「マンハイム楽派」と呼ばれる独特な音楽様式に影響を受ける中で、彼はオペラ歌手のアロイジア・ヴェーバーに恋をし、結婚の計画を立て始めますが、父レオポルトに猛反対された末にパリ行きを命じられ、二人の仲は引き裂かれてしまいます。
その滞在中、旅に唯一同行していた母アンナ・マリアを亡くし、彼にとってパリの想い出は辛いものとなりました。

25歳になったウォルフガングは、ザルツブルク大司教の命令でミュンヘンからウィーンへと移りますが、大司教とのいざこざにより解雇されてしまいます。それによってザルツブルクを出てウィーンに住み続ける決意した彼は、演奏会やレッスン、楽譜の出版やオペラの作曲などをフリーの作曲家としてこなし、生計を立てるようになりました。

その翌年に、かつてマンハイムで恋をしたアロイジアの妹であるコンスタンツェと結婚し、この頃からピアノ協奏曲やオペラの創作に意欲的に取り組みました。また、30歳頃には同じく古典派音楽を代表するハイドンやベートーヴェンとの交流もあったとされており、音楽家としても充実した時期であったことが伺えます。
しかし、父レオポルトが死去した直後から、イタリアの音楽貴族達がウォルフガングの才能に怖れを抱き、彼の音楽活動の妨害をするようになったとされており、彼の収入はみるみるうちに減っていきました。

晩年の1791年3月に、ウォルフガングは自身の演奏家としてのキャリアに終止符を打ちました。9月頃もまだ創作は行えてはいたものの、体調の変化はすでにあったようです。
レクイエムの作曲途中の11月20日から病状は悪化し、その2週間後となる12月5日にウィーンで息を引き取りました。

田苑焼酎にモーツァルトの“最高級”を


「ディヴェルティメント」とは何かご存じですか?
「ディヴェルティメント」はイタリア語の「divertire」から来ていて、「楽しい・面白い・気晴らし」などの意味を持つ、その名の通り明朗かつ軽快で愉しげな雰囲気の楽曲を指します。
18世紀の中頃からハイドンやモーツァルトによって書かれるようになった「ディヴェルティメント」は、貴族たちの室内での食卓や娯楽、社交や祝賀のシーンで演奏するために作られました。楽器の編成や曲の形式、楽章数に決まりはなく、とても自由な作風となっています。

今回ご紹介する、全部で20数曲あるディヴェルティメントの中でも取り上げられる機会の多い第17番は、モーツァルトが1779年に作曲した管弦楽用のディヴェルティメントです。
彼が父レオポルトに宛てた1782年5月8日と28日の手紙にはこの曲に関する事柄が書かれていて、ザルツブルクの名門貴族であった、ロービニヒ家の長男ジークムントのザルツブルク大学卒業祝いのために作曲されたと考えられています。

このディヴェルティメント第17番は、
第1楽章「アレグロ」
第2楽章「主題と6つの変奏曲」
第3楽章「メヌエット」
第4楽章「アダージョ」
第5楽章「メヌエット」
第6楽章「ロンド」
のキャラクターに富んだ全6楽章構成で、弦五部(2本のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)と2本のホルンで編成されています。

1778年の悪夢のパリ滞在を経たのちに書かれましたが、全楽章を通してパリでのわずかな温かい想い出を醸したような品が漂い、流麗で華を感じられる旋律が曲全体に広がっている、優美な作品です。
特に第3楽章の「メヌエット」は“モーツァルトのメヌエット”の愛称で、単独でも親しまれている楽曲です。


今もなお愛されているモーツァルト同様に、ファンの多いディヴェルティメント第17番。
傑作揃いの彼の作品の中でも最高部類と言われる音楽を聴いたお酒には、どのような影響があるのでしょうか。

“ディヴェルティメントの極地”である第17番の振動を受けた田苑焼酎の“もろみ”は、通常では起こり得ない作用がもたらされ、最高レベルの品質が生まれるきっかけを与えられることでしょう。
ただ明るく快活なだけではなく、モーツァルトだからこそ描けた内面的な陽の光や陰りも含んだ音楽は、品を携えたお酒にもほんのりと表情をつけてくれると思います。

そして、私たちも田苑酒造の焼酎のように、彼にしか表現できない色調豊かな情緒をまといながらお酒を嗜むことで、感化とともにリフレッシュも期待できそうです。