年末の恒例、世界中で愛される「歓喜の歌」-ベートーヴェンの交響曲第9番から第4楽章

田苑酒造は、一次仕込みの際に、音楽の信号を振動に変換し焼酎に伝える、トランスデューサ―と呼ばれる特殊なスピーカーで、もろみの発酵を促進させる「音楽仕込み」で焼酎造りを行っています。

 

その中でも今回は、「歓喜の歌」として今もなお世界中で愛され続けている、ベートーヴェンの交響曲第9番から第4楽章をご紹介します。

 

ベートーヴェンの生涯~才能の開花~

焼酎音楽
古典派からロマン派の橋架けを担った音楽家、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは1770年12月にドイツのボンで生まれました。

 

宮廷歌手の父と宮廷料理人の娘である母の間に誕生したルートヴィヒは、すぐに音楽の才能を開花させました。しかし、彼の父親は酒癖が悪く収入が安定しなかったため、一家はルートヴィヒの才能を当てに生計を立てていました。父親から過度なスパルタ教育を受けたことで、ルートヴィヒは音楽そのものに対し、強い嫌悪感を抱くこともあったようです。その後、8歳で演奏会に初めて出演し、11歳からオペラ作曲家でオルガニストのクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事するようになりました。

 

1787年、ルートヴィヒが16歳の時にはウィーンを旅行し、幼い頃から憧れていたモーツァルトを訪ねましたが、最愛の母の危篤の知らせを受けてすぐにボンに戻りました。母の死後は、アルコール依存症で仕事を失くした父に代わって、たくさんの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごしました。

 

1792年の夏には、ロンドンからウィーンへ戻る途中にボンへ立ち寄ったハイドンに才能を認められ弟子入りをし、11月にウィーンに移住しました。そして、12月に父が亡くなってからすぐにピアノの達人としてその名をとどろかせました。

 

 

ベートーヴェンの生涯~古典派とロマン派の橋架け~

ようやく精神的苦痛から抜け出せたルートヴィヒでしたが、20代後半頃から彼の持病であった難聴が徐々に悪化していきました。
1802年には、音楽家として聴覚を失うという死と同等の絶望感により、甥と弟宛に「ハイリゲンシュタットの遺書」をしたためて、自殺を考えるほどに追い込まれました。しかしこの辛く苦しい状況を、芸術への強い情熱で打破し、再び歩み出したのです。

 

1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、それからおよそ10年間にわたって“傑作の森”と称されるほどの作品たちがルートヴィヒの中期を彩りました。その後、彼はピアニストと作曲家の兼業を辞め、作曲活動に専念するようになりました。

 

耳が完全に聴こえなくなった40歳頃は、ほかの持病にも苦しめられた上に、何度も非行に走り自殺未遂を起こしていた甥の後見人として頭を悩ませていました。そのため、しばらくの間は創作活動が停滞していましたが、そうした苦悩の中で書き上げた楽曲は今でも彼の作品を代表する傑作ばかりとなっています。

 

1826年12月に肺炎を患い、いくつもの病気を併発したことでルートヴィヒの病状は急激に悪化し、病床で書き始めた10番目の交響曲の完成を待たずして、翌年の1827年12月26日に56年の生涯を終えました。彼の葬儀には2万人もの人々が参列し、度々見舞いにも来ていたシューベルトも参列していたそうです。

 

 

ベートーヴェンの人柄に活性化されるお酒と私たち

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1824年に作曲した交響曲第9番は、彼が完成させた最後の交響曲であり、今回ご紹介する第4楽章は日本では「第九」としても親しまれ、独唱と合唱が用いられることもあってクリスマスや大晦日の演奏会で多く演奏されています。

 

この第4楽章の歌詞は、ルートヴィヒが生涯を通して詩集を愛読していた、フリードリヒ・フォン・シラーの「自由賛歌」という作品がもととなっています。この「自由賛歌」は、フランス革命直後にフランス国歌である「ラ・マルセイエーズ」のメロディーにのせて、ドイツの学生たちに歌われており、その後シラー自身が「歓喜に寄せて」として書き直しています。

 

この「歓喜に寄せて」に心を揺さぶられたルートヴィヒは、この第4楽章で使用するために自身で本来の3分の1の長さに要約しました。こうして完成したのが「歓喜の歌」です。「歓喜の歌」は、第4楽章の第1テーマとして登場します。

 

現在でも“人類最高の芸術作品”と讃えられる「歓喜の歌」は、田苑酒造の焼酎にどのような色をもたらすのでしょうか。

 

あのはつらつとして輝かしい曲調は、私たち人間にも大きな興奮を与え、心を満たしてくれますよね。これはお酒にとっても同じで、底に眠っている何かを奮い立たせて存分に活かせるように助長してくれる…そんな偉大なパワーがあると思います。

 

また、楽器のみではなく人の声を聴いた“もろみ”は、よりダイレクトな感情から細密な作用を受けて、私たちの感覚を研ぎ澄ませてくれるような焼酎を生むようにも感じます。

 

いくつもの困難を乗り越え、どんな時も音楽と真摯に向き合ってきた彼の最後の交響曲のフィナーレは、力強い人間味を持った“ベートーヴェンらしさ”で溢れ返っています。そこには、お酒や私たちにとっての興奮や感動の源となる、素晴らしいエネルギーが詰まっているのではないでしょうか。

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